グループ沿革

豊橋瓦斯記念写真 豊橋瓦斯記念写真

1909年10月豊橋瓦斯株式会社創立

1909年(明治42年)年10月10日、「豊橋瓦斯株式会社」を創立し、サーラグループは豊橋における都市ガス会社として、第一歩を踏み出しました。日暮れ時になると、脚立を持った豊橋瓦斯の社員が、マッチを口にくわえながら街角のガス灯に点火して走る姿がみられ、その煌々たる明るさは、豊橋の文明開化シンボルのひとつとなりました。
創業期の浜松瓦斯本社並びに工場スケッチ 創業期の浜松瓦斯本社並びに工場スケッチ

1910年5月浜松瓦斯株式会社創立

1910年(明治43年)5月23日、「浜松瓦斯株式会社」が豊橋瓦斯の役員6名と浜松の有力者5名によって設立されました。1916年(大正5年)には、浜松の代表的な工場であった日本楽器製造株式会社(現・ヤマハ株式会社)と鉄道院浜松工場(現・東海旅客鉄道株式会社浜松工場)への都市ガスの供給を開始。地域の産業の発展に大きく貢献しました。
装炭作業 装炭作業

1943年9月中部ガス株式会社設立(豊橋瓦斯株式会社と浜松瓦斯株式会社の合併により)

第二次世界大戦中の1943年(昭和18年)9月、豊橋瓦斯と浜松瓦斯は合併して「中部瓦斯株式会社」を設立しました。当時浜松に建設された陸軍機の発動機工場からの都市ガス供給の要請に応えるため、豊川の海軍工廠への供給を成功させていた豊橋瓦斯との技術提携を行い、県境を越えた都市ガス会社が誕生したのです。ところが、1944年(昭和19年)12月に発生した東南海地震によって、発動機工場は生産開始を目前にして壊滅、都市ガスの供給は幻に終わったそうです。
供給工事班出動 供給工事班出動

1945年〜戦後復興

1945年(昭和20年)6月の大空襲で、豊橋と浜松は壊滅状態となり、中部瓦斯も一時ガスの供給を停止しました。豊橋は同年の11月に供給を再開できたものの、浜松では被害が甚大な上、ガス管の台帳や図面を焼失したことから復旧作業は困難を極め、供給を再開するまで約1年を要しました。このような困難を乗り越え、中部瓦斯は、戦後の豊橋や浜松の再建復興に大きく寄与することができました。
供給工事班出動 浜松砂山製造所に掲げられた
カロリーアップの垂れ幕

1959年7月液化ガス部の設置とカロリーアップ

創立50周年
1959年(昭和34年)、急速に普及するLPガスを取り扱うことで、都市エネルギーの供給を総合的に担うため「液化ガス部」を設置しました。さらに、石炭から石油系原料による製造方式への切り替えを1965年(昭和40年)に完了。1969年(昭和44年)までには都市ガスの標準熱量のカロリーアップを実施しました。石炭から石油へのエネルギー源の大転換期に見事に対応し、日本の高度経済成長とともに発展を遂げていきました。
中部液化ガス豊川基地 中部液化ガス豊川基地

1961年10月中部液化ガス株式会社(現・ガステックサービス株式会社)設立

1961年(昭和36年)、「液化ガス部」が独立し「中部液化ガス株式会社」が設立されました。1984年(昭和59年)に「ガステックサービス株式会社」へ社名を変更。LPガス業界のリーディングカンパニーとしての役割を果たしていきます。現在では、サービスステーション、ホテル、レストラン、カルチャー、豊橋駅前再開発事業などを手がけており、サーラグループの中核的な存在となっています。
ファーレン浜松 ファーレン浜松

1962年9月新協産業株式会社(現・サーラカーズジャパン株式会社、サーラ物流株式会社)設立

1962年(昭和37年)に設立された「新協産業株式会社」は、LPガスの配送を柱に、一般貨物輸送、自動車整備・販売等へと事業を拡大。1989年(平成元年)に「新協オートサービス株式会社」と社名を改め、1992年(平成3年)には、フォルクスワーゲングループジャパン正規ディーラー「ファーレン豊橋」をオープンしました。2003年には、物流事業と自動車販売事業を分離。自動車販売事業は、愛知、静岡、東京で10店舗を運営。2008年(平成20年)に「サーラカーズジャパン株式会社」へと社名変更しました。
中部本社(平成2年〜) 中部本社(平成2年〜)

1963年4月中部設備工業株式会社(現・株式会社中部)設立

1963年(昭和38年)、ガス事業で培ってきた技術と信頼を、ガス配管工事はもとより、上下水道工事や冷暖房工事に活かそうと「中部設備工業株式会社」が設立されました。現在の「株式会社中部」の誕生です。以来、中部は、設備・土木・建設・建材・ビルメンテナンス等、様々なエンジニアリング・メンテナンス事業を展開する一大企業グループを形成し、都市開発やビジネスをサポートし続けています。
サーラ住宅豊橋支店 サーラ住宅豊橋支店

1969年11月中部住宅販売株式会社(現・サーラ住宅株式会社)設立

1969年(昭和44年)、現在の「サーラ住宅株式会社」の前身である「株式会社ミサワホーム中部」が設立されました。翌年「中部住宅販売株式会社」へと社名を変更。エネルギーと住まいを中心に、人々の暮らしやビジネスを総合的にサポートする企業グループをめざすサーラグループの輪郭が完成しました。2000年(平成9年)に現社名へ変更し、愛知県、静岡県を中心に事業を拡大。サーラグループの理念「美しく快適な空間づくり」の実現をリードし、SALAブランドを代表する企業となっています。
ガスビルディングサーラ豊橋(オープン当時) ガスビルディングサーラ豊橋
(オープン当時)

1977年3月ガスビルディングサーラ豊橋オープン

1977年(昭和52年)、豊橋市白河町に中部ガスの新本社ビルが完成。「ガスビルディングサーラ豊橋」と名付けられました。施設内には、サービスショップの他、住設機器、インテリア、家電などを展示・販売する店舗、レストラン、会議室、グループ各社の事務所などが置かれました。豊橋駅西地区整備の一部として建設されたガスビルディングサーラ。マスタープランづくりは黒川紀章氏によるものでした。中部ガスとそのグループ企業が、総合生活産業グループとしての第一歩をはっきりと踏み出した出来事でした。
ガスビルディングサーラ浜松 ガスビルディングサーラ浜松

1981年4月ガスビルディングサーラ浜松オープン

1981年(昭和56年)、「ガスビルディングサーラ浜松」が浜松市西塚町にオープンしました。豊橋と同様、黒川紀章建築都市設計事務所の設計によるものでした。ガス機器やインテリア、家具、照明器具、家電のショールームの他、書籍やオーディオ、楽器、スポーツ用品など、文化・教養・娯楽関係の店舗が入り、結婚式場も備えていました。さらに地域と連携したイベント開催を通じて「SALA」の理念を発信しました。
グループビジョン2004パンフレット グループビジョン2004パンフレット

1994年グループアイデンティティーとグループビジョン2004発表

1993年(平成5年)、企業数36社、社員数4,000名となったグループは、新たな創業期をスタートさせるべく、グループ共有の理想と哲学となる「グループアイデンティティー」を発表しました。さらに、翌年には、2004年を見据えた統一戦略「グループビジョン2004」を発表。グループ化30年余りにわたる歴史において、初めてまとめたグループ各社共通のビジョンでした。
サーラグループのデザインへ変更した豊橋鉄道路面電車 サーラグループのデザインへ
変更した豊橋鉄道路面電車

2002年5月株式会社サーラコーポレーション設立

2002年(平成14年)、ガステックサービス株式会社、株式会社中部、新協オートサービス(現・サーラカーズジャパン)株式会社の3社が、株式移転によって完全親会社となる株式会社サーラコーポレーションを協同設立。お客さま視点に立った経営改革を進めてきたグループが、21世紀という新しい時代に向け、明確なビジョンを内外へ発信しました。
サーラ引越便のトラック サーラ引越便のトラック

2003年12月サーラ物流株式会社設立

2003年(平成15年)、「サーラ物流株式会社」を設立し、「新協オートサービス株式会社」から物流事業を分離独立しました。サーラ物流は、物流事業を通して地域のビジネスの発展をサポートするとともに、現在では引越しやハウスクリーニング等、一般のお客さま向けの新サービスを展開しています。
平成16年度サーラグループ幹部研修会 平成16年度サーラグループ幹部研修会

2004年サーラグループへ名称変更とグループビジョン2010発表

2004年(平成16年)、グループの呼称を「サーラグループ」、グループ統一のブランドを「SALA」とし、「生活にファインクオリティ。SALA」というブランドメッセージを制定しました。グループが一体となって、新しい時代の上質なライフスタイル創造に寄与していこうという、グループの決意宣言でした。同時に2010年に向けてのグループ経営戦略となる「グループビジョン2010」を発表しました。
COCOLAFRONT外観 COCOLAFRONT外観

2008年8月ココラフロントオープン

2008年(平成20年)、サーラグループは、商業施設、オフィスなどからなる複合施設、「ココラフロント」を豊橋駅前にオープンしました。同年9月には、「ホテルアークリッシュ豊橋」が開業。また、2009年(平成21年)には、隣接する土地にJR貨物を事業主とした商業施設「ココラアヴェニュー」がオープン。サーラグループ創業の地である豊橋駅前は、大きく様変わりし、今なお変貌を続けています。
記念電車発車式 記念電車発車式

2009年10月創立100周年

サーラグループは、2009年(平成21年)、創立100周年を迎えました。2009年4月1日から2010年3月31日までを100周年イヤーと位置づけ、100周年記念電車発車式、Jリーグジュビロ磐田のマッチデースポンサー、浜松モザイカルチャー世界博への作品出展、お子さま向けのお仕事体験イベント、記念ガス展、SALA PLAZA豊橋のリニューアル、豊橋交響楽団特別演奏会、記念式典、記念講演会など、様々な記念事業を実施しました。